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踊る人

「あごひいてくびのばしてかたさげてむねひらいておなかひっこめておしりあげてあしくっつけてつまさきひらく」
これを毎回先生は一息に言った。

すなわち
顎を引いて 首を伸ばして 肩を下げて 胸を開いて お腹を引っ込めて お尻を上げて 脚をくっつけて 爪先を開く
バーレッスンのはじめの姿勢である。
バーを掴んでいないほうの腕は綺麗な半円に、指先はそっと親指と人差し指でものをつまむ寸前のような形に固定する。
毎週やっていてもこれがなかなかできなかった。
モダンダンスという クラシックバレエから派生した踊りをすこしやっていた小学生の頃のこと。

私よりもっと小さな頃から、私がやめてしまったあとも、別の教室でクラシックバレエをずっと習っていた友人は、
常に背筋が伸びていて美しく、ずっとかりんかりんに細くて、成長期に首がするするっと伸びて、踊っていないときにも佇まいや所作がバレリーナそのもののようにみえた。トウシューズになりたての頃にそれを見せてもらったことがある。私もおはなしでは読んだことがあったので、先生の許可がなければ履き始められない重要なアイテムだということは知ってはいたものの、もし自分が履くとなったら恐ろしいような心地もする不思議な靴を、ほんとうに嬉しそうに大切そうにしていた彼女が印象的だった。

身体だけで表現することを突き詰めているひとの佇まいは独特だ。
踊りにしても、スポーツや歌にしても、なにか特定の筋肉をひたすら鍛錬しているがゆえの物理的な身体のかたちの違いがあることを差し引いても、なにかの動きやふとしたときのまなざしが、のらりくらりと身体に甘くしている(私のような)人とは決定的に違う鋭さを秘めている。
基礎の基礎として、常人には充分難しいこと、例えば先ほどの”あごひいて(以下略)”ができるまで練習し身につけなければならないことの厳しさ。自分の身体にいうことをきかせ続けることの難しさ。向上し続けていかなければならないこと、代わりがないことへの恐怖だとか、そういうものと向き合っているので、狩人のような鋭さがあり”格好いい”のだろう。

『リトル・ダンサー』という映画があり、
それはある男の子がクラシックバレエを初めてみかけた時から惹かれて踊るようになる、というだけの話なのだがその子を始め周囲の友だちや家族、先生の変化が細やかに描かれていてとても好きな映画だ。
劇中の重要な部分に、ある有名なほんもののバレエダンサーがカメオ出演するのだが、ほんのちょこっとなのに圧倒的な存在感があるのはなぜだろう。と思って書いてみた記でした(映画とってもおすすめですので未見のかたは是非)。